私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2006年01月19日

ワーク&ライフバランスの本質(3)

最後におまけとして、今回まとめたことを質問項目にした

【個人と社会の関係から考えたワーク&ライフバランスチェック】

を作ってみました。


□「どのようなかたちで他者や社会とつながりたいと考えている人間なのか?」
 「どのようなつながり、あるいは距離が心地よいと考える人間なのか?」
  ということをよく吟味しているか?

□≪いま・ここ≫で自分が背負っている役割的側面とそれ以外の
 「社会外的側面」のバランスが自分自身のなかできちんと了解されているか?

□現在の活動が、自分にとってそれがまさに≪いま・ここ≫で行うべきもの
 として了解されているか?

□他者から期待されている役割と自分の了解との間に極端なズレがないか?

□≪いま・ここ≫の役割関係以外の側面を全く考慮されないような関係のなかに
 置かれていないか?
 
□自分の状況をしっかり周囲の人に話し、社会的側面と社会外的側面の二面性に
 ついて理解してもらった上で何らかのサポートをしてもらっているか?

□社会的に要請されている役割と自分のやりたいことや衝動・関心とのズレが
 最小となるようなコミュニケーションを自分自身が模索しているか?
 

posted by どぅー at 14:04| Comment(2) | TrackBack(0) | ワーク&ライフバランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(1)(2)(3)と読ましていただきました。
まだ頭が混乱している状態ですが、

私は何故こうも近年「W&L」が騒がれているか
歴史的に考えていました。

社会構造の変化は一番の要因であることは僕は否定できませんが、思考の変化にも影響しているのではとふと思いました。

いろいろ理由を考えて思いついたのですが長くなるのでまた話聞いてやってください。

個人的には、私も含めて多くの人は社会の中に自分自身がいることを少し認識しづらくなって、切り離して捉えがちなのかなと思いました。
Posted by なんの at 2006年01月19日 15:40
南野さん。
こんなに長くて読みづらい文章を完読して頂きありがとうございます!
かなり感激です。

僕も社会構造の変化とそれに伴う意識や思考の変化が大きく影響していると思います。
そもそも個人の自由や社会観・価値観の多様性が認められている社会でないと
こうした考え方そのものが出てこないですもんね。

「多くの人は社会の中に自分自身がいることを少し認識しづらくなって、切り離して捉えがち」
という点は、社会が成立する条件が大きく関わっていると思います。

社会の構造を考えたとき、その特徴は機能的な分化と連関にあり、
全体としての社会はあくまでその部分的手足としての役割を個人に期待しますが、
個人もまたそれ自体で自分の多様な能力を活かそうとする全体的存在であろうとするため、
その個人の欲求が社会との葛藤を生み出してしまいます。

そして、社会を自由に生きることを阻む檻と捉えたり、
自分を社会の歯車のように感じてしまうと
社会の中に自分自身がいることを実感しづらくなってしまうのではと感じました。

南野さんの意見もぜひぜひ聞きたいので、
上野でますたにラーメンをすすりながら語りましょう!
Posted by どぅー at 2006年01月19日 16:51
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