私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2006年08月07日

TRAIN-TRAIN(1)〜友人の日記から〜

最近、友人の日記で他の人や身の周りの世界と自分が
どう関わっていけるのかといったことを考えさせられるきっかけとなった
ある電車内の風景の記述がありました。

ちょっと長くなりますが、引用させてもらいたいと思います。


『最初、この列車を見たとき、呆然としたのを覚えている。
人が多すぎる・・・人がたくましすぎる・・勝手に屋根に上っている。
連結部に載っている。
でも、インドの列車に乗るのに慣れてくると、楽しくて仕方なかった。
インド人は、初対面でも席が近い人たちみんなでおしゃべりを始める。
はじめは、知り合い同士なのかな〜〜と思っていた。
英語が少しでも話せる人がいると、必ず話しかけてくれて、
いつのまにかみんなの話の輪に入っている。
「床に座り込んだおばぁちゃんが、隣にいた若い男の人に身の上話をしているのか、
男はうんうん、うなずきながら聞いてあげている。男がしゃがむ体勢に疲れたのか、
立ち上がると、おばぁちゃんはまだ話を聞いて欲しいらしく、
まぁ、座んなさい、といった感じで彼の袖を引っ張る。
彼は、また話をうんうんと聞いてあげる。 」
 <中略>
列車の中では必ず、ドラマがある・・・
目的地がなくてもただ乗ってるだけでおかしくて楽しくてずっと乗っていたいと思った。
何てインド人は面白いんだ!愉快なんだ!!
そう思わせる要素がぎゅっと詰まった場所だった。』


それに対し、もう一人の友人はこうコメントしました。

『日本の車内は本当につまんないね。
人々は、本を読むか寝るか携帯いじるか・・
おしゃべりも、あんまり度が過ぎるとにらまれるし。
疲れたリーマンの顔ばっかだよ。
そんな中1回、インド人らしき女性が
ぽの見て微笑んで、話しかけてくれたコトがあるよ。
日本語で。
うれしかったなぁ〜』



これを読んで、これらはあまりに「ささいな」ことで、
さして“本質的な”問題ではないと思われる方がいるかもしれません。
けれど、こうした日常的な例は、人間がおよそ他者との関係をどうとらえ、
また社会というものをどう認識するかの半ば無意識的な次元での根本に
関わるものと考えています。
また、それは自分たちが普段暮らしている社会の中ではほとんど
「当たり前」なこととなっているのですが、そうした当たり前の領域にこそ、
その社会の中核にある特性が存在していると思えるのです。

引用させて頂いた日記の彼女達は海外に行くことでその当たり前という自明性を抜け出し、
日本以外の関係性のあり方を鋭敏に感じ取ったのではないでしょうか。
posted by どぅー at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | TRAIN-TRAIN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。