私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2006年08月08日

TRAIN-TRAIN(3)〜電車をめぐる二つの詩T〜

僕自身を含め、現代の若者世代に特徴的な<傷つきやすさ>とは、
他者との関係において期待外れや誤解が生じた場合に
いいようもなく打ちひしがれてしまう<弱さ>のことではないでしょうか。

一方で、自分なりに納得のいく生き方を探ろうとするとき、
自分一人の力だけに頼ろうとすれば、どうしても行き詰ってしまう。
周りの人と気持ちが通じたり、自分の考えや行動が他の人に
認めてもらったりすることによって、僕たちの「生」が、
限りない広がりと深さを持つようになると思います。

そのような<他者との距離感覚>において
重要なことは何なのでしょうか?

自分の居場所を見つけ心地よい<つながり>を作れる
ヒントみたいなものはないのでしょうか?

僕は電車をめぐる二つの詩からそのヒントを得られた気がします。


夕焼け

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが座った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた
娘は座った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりはつぎの駅で礼を言って降りた。
娘は座った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて───。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。


          (吉野弘詩集より)
posted by どぅー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | TRAIN-TRAIN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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