私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2007年01月06日

I am the World

「GENERATION TIMES」というジャーナル・タブロイド誌を知っていますか?

ラフォーレ原宿やネットなどで入手できるもので、
偶然、目にしてとても気に入った新聞です。
日本文化のルーツを探る企画や国連と協力して行った貧困問題の取材など、
「次の世界を担う若き世代と一緒に新しい時代のカタチを考える」をコンセプトに、
未来に繋がる様々な企画を手がけています。

編集長である伊藤剛さんはある取材でこのように答えています。

「今一番社会で問題だと思っていることは、
 あまりに情報が多すぎて思考が停止してしまっていること。
 無関心から「無」を取る作業というのがきっとメディアの役割。
 あんまり説教くさいのは、僕自身も読みたくないですし(笑)。
 自分の中で、大好きな音楽もファッションも、政治のことも経済のことも
 同じように考えるということを日常的に携えたい。

 みんなが考え出してどうなるかまでは分からないですが、
 少なくとも考えはじめることは重要。
 とにかくジェネレーションタイムズでは、考える「きっかけ」、
 思考を始める「スイッチ」は置いておきますよっていうスタンスでやっています。」


いじめによる自殺
憲法改正
イラク問題
家族内の殺人 etc

社会には解決不能と見える問題が山積していて、
だけどそれどころではない、自分の問題が山積していて…

そんな中、社会に、そして自分自身にたやすく絶望しそうになるけど、
「世の中って自分と関係あるんだよ。自分が世界を作っていけるんだよ」
という彼のメッセージはとても胸に響きます。


I am the World

「愚かな人にはこの世界は見えない」と、誰かに言われて
私は、愚かな人だと思われたくなくて、
見えてもいないのに、見えているふりをした。
そのうち、ふりをしていたことも、疑うことも忘れて
少しずつ、でも確実に、その世界に馴染んでいった。
ある時、小さかった頃の私が、目の前に現れた。
「世界なんて見えないよ」。力強く言って、消えた。

いつからだろうか、虹の色は、七色なのだと思い込み
不確かな愛のカタチを、赤いハートのマークに変えて
アメリカは正しくて、イスラム教徒はテロリストで
いつからか、私は「はだかの王様」になっていた。

私が、「見ている」こと
私が、「聞いてきた」こと
私が、「知っている」ことから
どれくらい遠くまで、私は離れていけるだろう。

「世界」はひとつ。では、ない。
「世界」はふたつ。でも、ない。
私の世界には、私が生きていて
あなたの世界には、あなたが生きていて
彼の、彼女の世界には、彼らが生きている。
きっと、私にとって喜びに満ちた恵みの雨は
どこかの世界の、深く刻まれた傷を打つ。

私は、敷かれたレールを走る列車から降りて
自分の足で、ゆっくりと歩き出す。
そこでは、触れ合うことのなかった人たちと、出会った。
気づくことなく、道端に咲いていた一輪の花。そっと、摘む。
転んだから、怪我をした。信じたから、裏切られた。

自分で選び、歩む道は、いいことばかりとは限らない。
でも、なぜだか満ち足りている。
この世界の「主語」は、逃れようもなく「私」だから。

記号化されたカタチなど忘れて
不自由ならば、先入観など脱ぎ捨てて
誰の色にもそめられていない「私」をとり戻す。
そうして、私は「私の世界」に、もう一度生まれる。

目を開けて、すべてが自分の見えるがままに輝くとき
雨あがり空に架かる虹を見て、私は何色を見るだろう。
ここは、私。世界そのもの。


ージェネレーションタイムズ編集長・伊藤剛ー


『GENERATION TIMES ジェネレーションタイムズ』
http://www.generationtimes.jp/
posted by どぅー at 23:08| Comment(10) | TrackBack(0) | 心に響く言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どぅーさんの日記は面白いです!
勉強になります。

私も今日『幸せについて』考えていました。

自分の幸せを望めば
誰かがどこかで傷ついているかもしれなくて
じゃあ、自分だけじゃなくてみんなが幸せに思えるようにするためにはどうしたらいいんだろう?

誰かが幸せな想いを感じている時
また他の誰はそのせいで我慢したり、悲しんでいるかもしれない
そう思うとやり切れません。

自分の身近な世界の話だけではなく
例えば、、国家間の問題でもありうることですよね…。

みんながみんな、幸せに暮らして行くのは難しいものなのかなぁ…。
Posted by ぱあやん at 2007年01月07日 00:00
世界の主語は「私」
ホントにそうです+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+
だから日々、悔いのないよう精一杯生きようって思うよね☆
Posted by むっちぃ at 2007年01月07日 10:52
おもしろいですねこれ!
トップの映像が引き込まれる感じがあって凄く素敵でした☆
無関心から無を取る・・なるほどって思います(^^)心の一番の敵だと思いますね
喜んで人生の主人公になりたいですね☆
Posted by みにまむ苺 at 2007年01月07日 17:06
はじめまして。
mixiの足跡から飛んできました。
素敵な日記拝見できて嬉しいです。
軒並み胸を打つ言葉に涙してしまいました。ありがとう。またきます。
Posted by ぴのこ at 2007年01月07日 18:07
ぱあやんさんへ

自分の幸せが誰かの不幸せで、誰かの不幸せが自分の幸せになる。
そんなときは本当にどうればいいんでしょうね。
僕も途方にくれてしまいます。

もちろん一番大事なのは自分の幸せで他は関係ないじゃん!
と割り切れれば話は早いんでしょうが、
そうはされないところにぱあやんさんの感受性と優しさを感じます。

人はみんなひとりですが、ひとりでは生きられないもの。
それでも分かり合いたいと思えることが最初の一歩なのかなとも思います。
Posted by どぅー at 2007年01月07日 21:25
むっちぃへ

うん、世界の主語は「私」
こうじゃなきゃいけない、こうあるべきより、
こうあるといいなっていうのが物事の中心でありたいよね。
Posted by どぅー at 2007年01月07日 21:30
苺ちゃんへ

うん、そうだね。
マザー
テレサが愛の反対は憎しみではなく、
無関心であるとおっしゃったように
最大の敵は何にも感じなくなってしまうことだと思う。

私は私自身の王であると高らかに宣言して
世界と関わっていきたいね♪
Posted by どぅー at 2007年01月07日 21:35
ぴのこさんへ

拙い文章ばかりですが拝見して頂いて光栄です(*^_^*)

またぜひぜひいらしてくださいね。
Posted by どぅー at 2007年01月07日 21:37
はじめまして
mixiの足跡からやってきました

わたしも、ながく自分に積み上げてきた
無意識の自分を今手放しています
まだまだ出てきそうです

自分の頭で考えることをせずに
まわりの価値観に植えつけられた自分を
さかさまにしています

今は
苦しい自分も
不器用な自分も
それでも
誰かにやさしくなりたい自分も
そのままで生きていきたいと
思っています

素敵なHPをありがとうございます
また遊びにきますね(*^^*)
Posted by えり at 2007年01月08日 16:34
えりさんへ

コメントありがとうございます
現在のえりさんのあり方を言葉にして頂けてとても嬉しいです(*^_^*)

今まで許せなかった自分を認めてあげて
縛っていた鎖をほどくこと
すごく大事な作業だと思います

また遊びに来て頂けることを心待ちにしていますね♪
Posted by どぅー at 2007年01月09日 20:40
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