私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2007年03月24日

バグッバイ

近すぎて見えない誰か 誤って「僕」と呼ぶ
この声の正体は誰なの?

遠すぎて見えてる誰か 誤って「神」と呼ぶ
その顔にホクロはあるのかい?

仕方なくもらった命 誤って「愛」と呼ぶ
そうしとけば問題はないけど

「どうせなら」と見つけた意味を 誤って「夢」と呼ぶ
本当はそんなんじゃないはず

(中略)

僕のいた朝と 僕のいない朝は
どっか違っててほしい 少しだけでもいいから

僕が生まれてくる前と 僕が消えたあとと
なんか違っててほしい 世界は違っててほしい

そしてそれを「夢」としよう そしてそれを「愛」としよう
それを「神」様に願おう そんな人を「僕」と呼ぼう


(RADWIMPS『バグッバイ』より抜粋)

バグッバイの歌詞全文はこちら


精神科医エリック・バーンさんによって提唱された
心理学理論の一つに『交流分析』というものがあります。
これはとくに絶対的なものではなく、心理カウンセリングなど
に応用される治療や問題解決のために便利な考え方の一つ
と思ってください。

その中で、人の人生を一つのドラマのように見立てる
『人生脚本』という概念が冒頭引用したRADWIMPSの『バグッバイ』
の世界観とリンクするのでちょっと紹介したいと思います。


どんなドラマにもはじまりがあり、クライマックスがあり、
そして終わりがあるように、僕たちが今生きている『自分の人生』
というドラマの主役は僕であり、あなた自身です。

エリック・バーンさんによれば、
その脚本は人生の中において改訂されるが、
4歳までにその要点が決まり、7歳までにおおむね、
そのストーリーが完成し、大人になっても気づかないもの
であると述べ、以下のように定義しています。

『人生の早期に親の影響のもとに発達し、
 現在も進行中のプログラムであり、
 それは、人生のもっとも重要な局面で、
 いかにどう行動すべきかを指図するもの』

つまり、人が、とても幼い頃に、世界と自分の立場を理解しよう
として作り上げる「意識されていない人生の計画書」のことです。

もしかしたら、人生脚本は「私は死ぬまで、傷つけられ、
苦痛を受け、他人を不快にさせる」ものかもしれず、
この目的に適している子供の頃に生み出した行動をとりながら、
実際にそうなるように準備してるかもしれません。
逆に、もしかしたら人生脚本は、とっても気楽な肯定的なもの
かもしれません。

誰のドラマも、最初は自分の『親』が書いたシナリオにより始まります。
けれど、そのシナリオどおりに生きていくか、
自分で新しい道を選ぶかは、自分自身にかかっています。

交流分析では、否定的な脚本に縛られず、自分自身の方法で、
自分の人生のあらゆる決定ができるようになると考えています。


僕らは誰もが自分が自分の王でありたいし、
自らの道は自分の手で切り拓きたいと思う。
けれど、見えない糸に絡め取られ、
そうはできないこともある。

だからこそ、親から学校から社会から
『あたりまえ』として書き込まれてきたものを
自分自身で新たに書き換えることが必要なんだと思う。

「夢」も、「愛」も、「神」も、「僕」も…

世界にとって僕の存在など『バグ』のようなものかもしれないけど、
この世界から『グッバイ』とさよならを告げるとき、
少しでも生きた証を残したいと望み、願う。

僕は、その立ち位置から描かれる脚本でいい。


夕焼けロード.JPG
posted by どぅー at 14:45| Comment(8) | TrackBack(0) | 心に響く言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです、naginagiです。
ちょうどアンテナに引っかかったのでコメントをば。

近代からポストモダンへの移行についての思想論を土台に、
80年代から物語論というヤツが出てきています。
卑近な例でいえば、就職活動も物語論が出てきてます。
(Ex.絶対内定)
要は自分物語を策定して、仕事を選べというモノです。

また、カウンセリングではナラティブ・アプローチといった
物語療法も用いられはじめたようです。
いずれにせよ、どぅーさんのおっしゃるように、
自分や社会と向き合いながら、適宜物語を書き換えつつ
生きていくというところにポイントがありそうです。
だからこそ、学び続けるという生涯学習というテーマが
少しずつながらhot issueになりつつあるのだと思っています。
Posted by nagi at 2007年03月24日 15:55
はじめまして

私の健康食品のブログに
こちらの記事を紹介させて頂きました。
よろしくお願いします

紹介記事は
http://blog.livedoor.jp/kabukom1172/archives/53311360.html
です。

これからもよろしくお願いいたします^^
Posted by 健康サプリcom at 2007年03月24日 15:59
自分がどうありたいかは、自己物語を持て
というのを何かの本で見ました☆
ラッドは奥が深い・・・
有心論とふたりごと聞きました(^^)
んー深い・・・wwけど素敵だなぁ☆
どぅー兄共々、足跡のこしたいですっb
Posted by みにまむ苺 at 2007年03月24日 16:46
なぎへ

物語=ナラティブを含む社会構成主義的アプローチは
自分の人生というものを語り、紡いでいくものという視点からすると
臨床現場だけでなく教育現場でもあてはまることだよね。

なぎの日記にもあったように、
大きな物語の終焉と小さな物語を生きるしかない
という発想は僕らの実感をとても良くとらえていると思う。

村上春樹も地下鉄サリン被害者へのインタビューをおさめた
その著書『アンダーグランド』の解説の中で語る
物語に対する叙述も極めて秀逸だよ。
Posted by どぅー at 2007年03月24日 22:28
健康サプリcomさんへ

記事を紹介していただいてとても光栄です。
こちらこそよろしくお願いしますね。
Posted by どぅー at 2007年03月24日 22:33
苺ちゃんへ

ラッドのすごさは自分の物語を、
その哲学を歌に託して語れることだよね。

苺ちゃんの足跡もすごく楽しみ♪
Posted by どぅー at 2007年03月24日 23:29
先日は、にくにくうまく、そして楽しかった!
お互いこの世に自分の生きた証を刻み込んでいきましょう☆
かわしークロニクル第二幕〜20代編〜もなかなか一筋縄にはいかなそうだ。
一つ一つやっていくほかないね!
Posted by かわしー at 2007年03月27日 00:29
かわしーへ

また、ぜひぜひ行こう☆

一筋縄にはいかない、だから楽しいんだっていう
年代記を築いていこうぜ!!
Posted by どぅー at 2007年03月28日 21:14
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