私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2007年04月18日

さみしい気持ちは怖くない

いや〜、春の暖かさはいったいどこへ?
と思うような寒さですね。

思わず昨日と今日は湯たんぽを復活させました。
寒い夜の布団に飛び込んだときのあの温もりが実は大好きなんです。笑

たぶん、心も湯たんぽのように気持ちを
ぽかぽか暖めてくれるモノになるんだと思います。


僕はかつて自分の気持ちは、すべて自在にコントロールできるものだ
と信じていたときがありました。

疲れなんかも主観的なもので、いくらでも乗り越えていけるものだと…

むしろ弱音は甘え、疲れたと思い始めたときからが本当の勝負で
そこからの頑張りが大きな成長につながると…

たぶん心と身体を切り離して考えていたんだと思います。
そうして行った努力の過程が実際自分の成長につながった事実はあります。
けれど、そこには大切なモノを見落としてしまう危険性を
大いにはらんでいたと振り返ってみると思います。

今は自分の気持ちを無理にコトバにしなくともありのままに
感じれることが大事なのかなと考えるようになって来ました。

時間をとって、静かにもやもやした気持ちや身体の感じを味わうこと。

そんなあたりまえのことが実は一番むずかしい。

だって、誰もがさみしかったり、悲しかったり、むなしかったり、
憎かったりする気持ちを感じたくないし、見たくもない。
そもそも、そんなことを感じている余裕を社会が、
効率・欲求優先の生活スタイルが自分に許してくれない。

そんななかで、自分の心の中で起こることを無視したり、虐げたり、
無理矢理ねじ曲げたりすることは僕も容易にありえます。

打ち捨てられた気持ちの澱はいったいどこに溜まっていくんだろう。
かみ殺された心はいったいどうなってしまうんだろう。

そんなときに思い出すこんのひとみさんの詩があります。



怖くない


さみしい気持ちは
怖くない
誰かを求める心だから
いつか 巡り合えたとき
優しい気持ちに変わるから

悲しい気持ちは
怖くない
誰かに寄り添う心だから
いつか わかり合えたとき
暖かい気持ちに変わるから

むなしい気持ちも
怖くない
どこかに夢が残っているから
いつか 希望が戻ったときに
豊かな気持ちに変わるから

けれど 一番怖いのは
なんにも気持ちがなくなるとき
のぞきこんで見えるのは
白い白い心の中

憎しみでさえ
残っていたら
いつか
愛に変わったかもしれないのに…

だから悲しい人
どうぞ 悲しみを抱きしめて
今はさみしい人
さみしさから目をそむけないで
そしてむなしい人
むなしい気持ちを 見つめてみて

優しいあなたの心の中に
春が訪れるのは
もうすぐだから


(こんのひとみ『パパとあなたの影ぼうし』より引用)


芝桜.JPG
posted by どぅー at 22:47| Comment(14) | TrackBack(0) | 心に響く言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても共感できる詩!!
そういえば、某スピリチュアルカウンセラーが、愛の反対は憎しみではなく無関心だって言ってたことを思い出したよ。
憎しみは、その人のことを強く思ってるからこそ出てくる感情だからね。
わたし、絶対、自分にとって大切な人と出会うんだよね、たぶん27歳くらいのとき。
Posted by さわちん at 2007年04月19日 13:35
全部にすごく共感しました。

僕も、同じでした。心と身体を完全に切り離して考え、とても大切なものを見落としたり無視したまま「頑張り」続けました。
心の死骸は積もり積もって、冷えて固まりブリキになって、やがて壊れました。

長い時間が経って、この詩の様に、
さみしさは優しい気持ちに
悲しさは暖かい気持ちに
むなしさは豊かな気持ちに
そして憎しみは愛に、変わりました。

人間どうなるかなんて判らないものです。
色々な経験を経て、やっと自分の心の声を聞き取れるようになってきました。
大切なこと、決して見落とさないように生きていきたいです^^
長文失礼しました☆
Posted by ダイ at 2007年04月19日 22:03
さわちんへ

その啓示ちょっとうらやましい。笑
出会った瞬間見逃さないようにしないとね♪

某スピリチュアルカウンセラーさんはおそらくマザー・テレサの言葉を引用したんだね。
僕もその通りだと思う。

『今日の最大の病気は、自分はいてもいなくてもいい、だれもかまってくれない、
 みんなから見捨てられていると感ずることである。

 最大の悪は、愛の足りないこと、すぐ近くに住んでいる近所の人が、搾取や、
 権力の腐敗や、貧しさや、病気におびやかされていても無関心でいること。』

(2006年1月16日の日記より)
http://manualdaialog.seesaa.net/article/11780250.html

Posted by どぅー at 2007年04月19日 22:53
ダイさんへ

コメントありがとうございます。
ダイさんもそうだったんですね。
共感してもらえてすごく勇気付けられます!

白く壊れてしまった心をなにがもう一度暖め直してくれたのか、
もしよければぜひぜひ伺ってみたいなと感じました。

そうした経験を経たことがあるからこそ、
大切なことが分かったんだと思えるのは
とっても幸せなことなんでしょうね。
Posted by どぅー at 2007年04月19日 23:10
とても共感できます。
うん、そうだ。憎しみは愛情でもある。うん……。
心で感じれる素敵な男に、いつかなりたい、と改めて思いました。
Posted by つきみ。 at 2007年04月19日 23:44
心と体はほんとに一緒ですよね。あたりまえだけど(^_^;)
心でずっと無理していると体にも影響が出てきて、自分の体なのに、自分じゃないみたいになってしまう。

私は何も感じられなくなったことがあるんです
。嬉しさも悲しさも何も感じないというのはとっても不思議な感覚でして、それはそれで焦ります。水の中にいるような感覚かなぁ〜違うか…。

心も体も時々風邪を引きます。これもあたりまえだけど、感じられるその心と体があるって幸せなことね。

自分の心と正直に向き合えるかが実は一番難しい。

私の中の悪魔も天使も正直に見れるのは自分しかいないから。

そんな色んな気持ちに寄り添ってあげられるのも自分しかいないと思うんだ。

Posted by ぱあやん at 2007年04月20日 00:55
つきみさんへ

ありがとうございます(*^_^*)

できれば心と体全体で感じれる素敵な人になりたいと僕も思います。

そのためには基礎体(心)力や柔軟性もすっごく大事ですよね。
Posted by どぅー at 2007年04月20日 07:43
ぱあやんさんへ

ぱあやんさんも心が無理をして悲鳴をあげられた経験があるんですか。
まるで水の中にいるようにうまく呼吸ができず、
もがきが相手にも全く伝わらない状態だとしたらとても辛いです。

心と体の風邪の両方がほんとうはシグナルとして危険信号を
送ってくれているのに人は自分に嘘をつけてしまうから…

悪魔のささやきは実はシグナルを送ってくれていて
天使の励ましが実は無茶をさせていることもあるんでしょうか・・・

今では自分のいろんな気持ちに寄り添うことの大事さを
知っているぱあやんさんはとても素敵な人だと心から思います。

Posted by どぅー at 2007年04月20日 08:02
褒めていただいて…f^_^;ありがとうございます。

私が自分の感情が分からなくなったのは、自分が自分に嘘をついていたから。それは他人も騙すことにつながるので訳が分からなくなってしまったんだと思います。

昔の私は今よりも純粋だったんだろうなぁ。

どぅーさんも無理をしないように。。

Posted by ぱあやん at 2007年04月20日 21:32
本当に、効率化の生活が「もやもやする時間」を無駄に感じさせている気がします
自分のマイナスな部分こそ強みになる時があるのに
昨日ちょうどワークをやって気付きました^^
内容がタイムリーですね♪♪嬉
Posted by みにまむ苺 at 2007年04月21日 14:49
やっぱ、どぅーさんはすごいですね。そして詩にも共感しました。

心を殺して、ただただその日その日を生き抜くために体だけ動かしていたときがありました。自分の本当の気持ちは隠して誰にも知られないようにしていました。
まだ隠してるんです。憎しみのまま心にしまってあります。いつか、優しい気持ちになるまで・・・。

大切なものを見失わないようにしたいですね。
Posted by リナ at 2007年04月22日 01:34
ぱあやんさんへ

無理な元気や笑顔をして自分に嘘をつくことは
たしかに他人を騙すことにもつながるのかなと思います。
それはいわば詐欺です。

でも、日々の生活を送るうえで必要なことでもあって
そのバランスを自分の心の声を聞きながら感じ取れることが必要なんだと思います。

無理な元気や笑顔をしてるときは気をつけたいです。。
Posted by どぅー at 2007年04月22日 11:08
苺ちゃんへ

「無理・無駄・ムラ」をいかに減らして
物事を効率よく生産的に進めていくかという視点は
ビジネスにおいては必要不可欠な原則だと思う。

ただそのルールを生活の場まで持ち込んでしまったのが
現代の諸問題の元凶になっている気がする。


「もやもやする気持ち」

一見マイナスに見えても、そこにはいろんな意味が
つまっていて人が切り捨ててはならない
とても大事なものが含まれているかもしれないよね。
Posted by どぅー at 2007年04月22日 11:43
リナさんへ

昨日、母親が見ていたオーラの泉でV6の井ノ原くんが
そのポジティブな考え方になるまでに、
彼なりの地獄を抱えていてそれを極楽に変えたという話をしていました。

僕は単純な能天気や何に対してもありがとうみたいな
ポジティブシンキングというのは大嫌いです。
そこには、なんの振り返りも内省もないから。

ポジティブさや前向きな気持ちの裏に隠された
その人なりの悲しみや苦しみ。
それがあって、はじめて人は他人に共感できて
自分も成長させることが出来るんだと思います。

リナさんが心に隠してしまっている
憎しみや痛みといった気持ちのかたまりも
そのまま持ったままでいいと思います。
優しく一緒にいるだけで…

この世の中には時間のかかる卵もあるから。
いつか、優しい気持ちに生まれ変わるまで。
Posted by どぅー at 2007年04月22日 12:05
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