私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2007年04月23日

かつての自分から3つのメッセージ(2)

1.まず勉強に対する姿勢として

これまでにみんな勉強といえば、学校や塾の先生から
受動的に教わるのがほとんどだったと思う。
確かに、これはその教科の大枠を知る上では
とても重要なことで必要不可欠だよ。

でも、いつまでもその受け身な姿勢を変えないなら、
その人の学力は必ず一定以上伸びない。
自己を鍛錬しなくては上達しない。
つまり、大切なのは予習・復習・自習など
周りの人の目が届かないところで主体的にやることだと思う。

これはいくらやっても誰も誉めてくれないし、辛くてつまんないものだよ。



けれど、止めようと思う前に少し真剣に考えてみてほしい。
僕は私はいったい何のために勉強するんだろうと。

その答えが出ないなら無理して勉強することなんかないんだ。
勉強してるからって偉いってことは全然ない。
大切なのは自分が何をしたか、どんな人間になりたいかってことだと思う。
これはとても難しいことだよ。
本当の自分なんてなかなか見つからない。

でも、いろんなことを学ぶうちにそのヒントが隠されているかもしれない。
それは数学かもしれないし、歴史かもしれない。
生物、化学、物理、英語、現代文、古文、漢文、
書道、美術、音楽、家庭科、体育。
全部やる必要はもちろんまったくない。
ただ自分に関するヒントが含まれていると思う教科を
とことん突き詰めて学べばいいんだ。

また、教科の中に限らない。部活、クラブ、ボランティア、
友達、恋人、社会、世界、そして宇宙。
いろんな所から探せばいい。人はどんな所からでも学べると思う。
大事なのは自分はこれのためなら自分の一生をかけてもいい
と思えるようなものを探すこと。

でも、そんなこと言ったって目の前には受験という壁が
控えているじゃないかというぼやきがあるかもしれない。
確かにその通りだと思う。

では具体例として、みんなにとっても大きな壁の一つと
思われる英語の勉強について僕なりの意見を述べたい。



「2.英語の勉強について、あるいは限定要因説」につづく



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posted by どぅー at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | あれこれ日々思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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