私がめざすのは、
  日本を元気と生きがいのある社会にすること。
  そのためには、あらゆる世代の人々が自分に合った医療や治療法を
  気軽に安心して利用できることが必要です。 
  自立的な健康を手に入れ、生きがいのある仕事と充実した生活を共存させ、
  生き生きと人生を楽しんでいること。
  私はそんなネットワークを創りたい。

  それを実現するためには、『がんばらない、でも、あきらめない』ことが肝心。

  『がんばらない』とは、一生懸命にならないことではなく、
  自分の気持ちや身体からのメッセージを無視してまで
  「仕事」や「他人」を優先しすぎないこと。

  それさえ気をつけて夢をあきらめなければ、
  『本当にどんなにつらいことでも、
  それが正しい道を進む中での出来事なら、
  峠の上りも下りもみんな、
  本当の幸いに近づく一足ずつなのだ』

2007年04月23日

かつての自分から3つのメッセージ(3)

2.英語の勉強について、あるいは限定要因説

たしか中3のときかな、生物の戸村先生に光合成について教わったんだ。
ほら、植物が水とCO2から太陽の光エネルギーを
媒介に酸素とブドウ糖を作り出す反応。

そのとき、先生は光合成速度を決定する温度やCO2濃度、
光の強さといった環境要因のそれぞれを一枚の板に、
そして光合成量を各々の板に組み合わせて出来た
樽の中に入る水の量にたとえたんだ。
板の長さは各々の環境要因が光合成をするのに
最適な状況に近づくほど長く伸びていく。

そして、光合成の速度というのは、
ある最小の要因(限定要因)によって制限される
というのが限定要因説。


だからいくらある一つの要素を最適に近づけ、
その部分の板を伸ばしても、それより低い要因の板があれば
そこから水は流れ出してしまう。

つまり、光合成速度は制限され光合成量である
水の量は一定以上増加しない。

これと同じことが英語における偏差値にも言えると思う。
環境要因は文法・単語・熟語・構文・読解力・英作文・発音・リスニングで、
それぞれの出来が板の長さ、光合成量は偏差値の高さで水量。

だからいくら単語や熟語が出来ても、文法が全然ダメだったら、
それが限定要因となり水はそこからどんどんこぼれ落ちていき、
偏差値は思うように上がらない。

要は、自分の限定要因となる所を見つけ、そこを補強するしかない。
具体的には、いろんな予備校の模試を受け、
自分の限定要因となる弱点を見つけ出し、その項目を重点的にやるんだ。
結論としては、やっぱり全部をまんべんなくやるしかないんだね。

「なんだよ!結局すべてやれってことかよ。そんなのできるわけない」
と君は言うかもしれない。

でも、簡単な勉強方法なんてものが本当にあるのかな。

もし君の近くに勉強のできる人がいて、
要領よく簡単にやっているなあと思ったら、
その人は君の知らない所でひと通りのことをやってたんだよ。
その中で自分なりのやり方やコツというものをつかんだんだと思う。
それなのに君はやろうとしないで、どうせ俺は馬鹿だからと言って逃げるのかい。
それは少し卑怯じゃないかな。

重要なのはどのようにやったかより、どれだけやったかだよ。
何事も一番遠回りに見える道が、結局は一番の近道なのかもしれない。
急がば回れってね。少しは参考になったかな。

次は…



「3.生きてく姿勢みたいなものについて」につづく



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posted by どぅー at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | あれこれ日々思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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